映画『シュガーラッシュ・オンライン』感想 千尋とカオナシ、ヴァネロペとラルフの間にあるもの

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『シュガーラッシュ・オンライン』はディズニー版の千尋カオナシの物語だと思う


(ネタバレを含みます)

『シュガーラッシュ・オンライン』の興業も最終盤なので書こうと思うのだが、これは果たして本当に「新しいことが大好きなヴァネロペと、変化が苦手なラルフ」などという穏当でのんきなテーマの映画だったのだろうか。「27年間誰も友だちがいなかった」とつぶやくあからさまに冴えない、社会性の欠如した男と、聡明で利発な9歳の少女の友情の物語。「ゲームのキャラクターだから」という隠喩のワンクッションを置いてはあるものの、リュックベッソンの『レオン』ですら槍玉にあがりかねない今のアメリカのど真ん中に、よりによってディズニーがぶちこんできた「少女と男のロードムービー」ではないのか。

もちろん2012年の前作『シュガーラッシュ』からしてある意味でそういう話ではあったのだが、7年を経た続編では「少女と成人男性の友情」の行方に待つ恐ろしい落とし穴、執着と欲望という恐ろしい破滅の深淵が描かれる。オンラインゲームの新しい世界に人生の新しい道を見つけ、古く居心地のいい2人の世界、ゲームセンターから旅立とうとするヴァネロペ。「俺は裏切られた!」と激怒し、9歳の少女を自分の世界に束縛しようとするラルフ。よくディズニーがこんな映画作ったな。これは宮崎駿の最高傑作『千と千尋の神隠し』の中で描かれる不気味なキャラクター、カオナシ千尋の関係をリライトした、それも真正面からカオナシの魂の真の救済について描いた物語だと思う。

映画の宣伝戦略的に、『シュガーラッシュ・オンライン』の主人公はヴァネロペ、新しい世界へ旅立つ少女の成長を描いた作品ということになっている。そう言わないと社会的にもたないからだと思う。天下のウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが「この映画の主人公はラルフです。9歳の少女に執着する弱者男性の魂の救済がテーマです」などというコンセプトを明言できるだろうか?でもそういう映画なのである。この脚本はまちがいなくラルフのために、そしてラルフのように社会性が欠如し、少女との甘い関係に救いを見出そうとする世界中の弱者男性のために描かれている。そしてラルフは自分の魂の救済をかけてヴァネロペに別れを告げ、友情の印を手に入れるのである。「恋は雨上がりのように」で大泉洋が演じたファミレス店長がそうしたように。

『シュガーラッシュ・オンライン』のスタッフが『千と千尋の神隠し』を見たことがあるか、あるいは意識したのか、僕にはわからない。でも間違いなく、2つの作品はあるひとつのテーマ、この時代に横たわる暗い闇に真正面から向き合って脚本を書いている。それはある時にはカオナシと言う形を取り、ある時にはラルフという形を取る。ドロドロと溶け変形しながら千尋を追い詰めるカオナシ。ウイルスによってネット空間に増殖し、ゾンビのようにヴァネロペに襲いかかるラルフ。それはどちらも、少女をめぐるあるおぞましい現実についての隠喩だ。

そして『シュガーラッシュ・オンライン』のスタッフは、その現実について力で断じることをしていない。アヴェンジャーズのように集結したディズニープリンセスたちがそれぞれの能力をフルに発揮して増殖したラルフの分身を倒すというシナリオも当然選択肢の中にあったはずだし、それは「戦うプリンセスの物語」として大いに歓迎されたはずだ。だがスタッフが選んだのは、ラルフ自身が自分の分身を説得する、言葉によって自分自身の魂のコントロールに成功するというシナリオだった。集結したディズニープリンセスたちは「アライ」のようにラルフのその戦いをサポートする。ラルフはラプンツェルの髪に受け止められ、プリンセスの衣装で女装した姿で固定したアイデンティティから一歩踏み出す。それはまるで遠く離れた日本で「男の子だってプリキュアになれる」という物語が同じ時代に語られていることとシンクロしているようにも見える。『シュガーラッシュ・オンライン』は一方でヴァネロペの成長物語を前面に打ち出しながら、影のテーマとして明らかにメンズリブの物語として描かれている。

アメリカはポリティカルコレクトで進んでいて日本はダメだとか、あるいは逆にアメリカはポリティカルコレクトネスのせいで何も描けないとか、そういう話はどちらも嘘だと思う。優れたスタッフは世界中にいる。宮崎駿にせよ『シュガーラッシュ・オンライン』のスタッフにせよ、優れた作家たちはそれぞれの国で、粗雑で融通の利かない表現コードをかいくぐり、そのままではとても扱うことのできない社会の暗闇を隠喩に翻訳し、人間の無意識の深い井戸から魂にとって必要な情報をくみ上げている。僕たちがただそれを見ないだけである。映画館の暗闇でとてつもなく重要なことが語られているのに、youtubeの予告編を見ただけで「女が賢く描かれ男が馬鹿に描かれてるからディズニーはポリコレでくだらない」とか「ミソジニストがそう言うのだから良い映画なのだろう」とかそういうクソみたいなわめきあいをツイッターで一通りやるだけで肝心の映画は見に行かないという最悪のネットライフで人生を無駄にしているだけなんだ。事件はインターネットで起きているんじゃない。映画館で起きているんだよ。

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