『のぼる小寺さん』 「憧れ」ではなく「尊敬」を吉田玲子脚本が描くボーイ・リスペクト・ガール映画の名作

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けいおん!』『ガルパン』『リズの青い鳥』の吉田玲子脚本で実写化した青春映画の傑作


デジタルフライデーで「のぼる小寺さん」の記事を書かせて頂きました。

friday.kodansha.co.jp

記事にも書いたけど元モーニング娘。工藤遥、想像以上に良かった。初主演でこれだけ役者の資質のど真ん中にピンポイントでハマる役に出会えるというのは、実力もあるけど強運なんだと思います。

工藤遥とにかく声がいいんですよ。彼女のハスキーボイスというのは特撮の『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』みたいな役でハイトーンで張り上げる時は、アニメ声優みたいにキャラクタライズされたポップな味が出るんだけど、低い音域でボソボソっとつぶやく時、その声がハスキーにかすれてるとすごくリアルでセンチメンタルに響く。役者として強烈な武器を先天的にノドが持ってるんですね。

若手女優界は今めちゃくちゃ競争が激しく、特に工藤遥の同年代には浜辺美波はいるわ橋本環奈はいるわの激戦区ですけど、ああいう声は他に誰も持っていない。もちろんアイドル界から女優に転向して簡単にトップ女優として活躍するのは大変で、業界的にもいろんな壁があるだろうけど、少なくとも演技の面ではものすごく強いアドバンテージを持っていると思う。

 

ボーイミーツガールという言葉があるけど、この映画はボーイリスペクトガール、男の子が女の子を尊敬するところから始まる物語になっている。不完全燃焼の青春を送る主人公を伊藤健太郎が演じていて、ボルダリング部で壁をのぼる工藤遥のひたむきさが、風船に息を吹き込むように彼に情熱を吹き込んでいく。

脚本は『けいおん!』『ガルパン』『聲の形』『リズと青い鳥』と言った名作を生み出してきた吉田玲子さん。彼女は原作から小寺さんの人物造形をかなり変更してるんです。原作は超然とした、ある種のミューズとして描かれてるところがあるんだけど、実写映画で工藤遥が演じる小寺さんは、ある意味では平凡で非力な女の子として描かれている。

ここがすごく大事なところなんだけど、実写版で伊藤健太郎が演じる主人公は、小寺さんがすごい能力をもった美少女だから憧れるのではなく、クラスの中でも平凡で、バレーボールが当たって鼻血を出してしまう(このシーンは原作にもある)、特に運動の天才でもない小寺さんが必死に自分の壁を乗り越えようとする、その勇気への尊敬で心を動かされていくんですね。

 

「少女への憧れ」をモチーフにした作品は多いんだけど、尊敬と敬意をテーマにした作品って多くない。宮崎駿作品の最も良き部分を、理想化されたものではない、現代の十代の学校生活の中でリアルに感じられるように描き直されている。素晴らしい脚本だと思います。

 

伊藤健太郎は『惡の華』でも素晴らしい演技だったんですけど、『惡の華』で玉城ティナが演じた仲村佐和と、この映画の『小寺さん』は表面的にはまったく正反対だけど、「群れから離れて自分の壁と向き合う女の子」という意味では似てるんですね。滝が落ちるように下に向かってドロップアウトするか、上にむかってよじ登るかという方向性の違いでしかなく、主人公の少年はどちらの映画でもその少女の孤独にひきつけられて、生き方を変えていく。2作で描かれる正反対のヒロインが、それぞれファムファタルやミューズではなく1人の複雑な人間として描かれていくのも共通した所だと思います。

 

この映画には田崎ありかという同級生の少女を小野花梨さんが演じていて、彼女が何をカメラで撮影するか、何を撮り何を撮らないかが映画の隠れたテーマにもなっている。小野花梨さんは『SUNNY 強い気持ち・強い愛』で鰤谷という悪役の少女を演じたんだけど、映画的には良いところもあったけど彼女の役に対しては決して演出的にフェアな描き方じゃなかった。パンフレットにもインタビューすらない。それに対して池田エライザ山本舞香という、昔から共演してきた女優陣が抗議するかのようにパンフレットのインタビューで名前を出していたのは印象的でした。『小寺さん』では十分に彼女の演技の素晴らしさもみられると思います。