映画『ナウシカ歌舞伎 ディレイビュー』一週間限定!めちゃ面白い。誰もが知る名作の「翻訳」が自然に教える歌舞伎の文法

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ナウシカ歌舞伎を映画館で見てきた。1週間限定で、前後編のうち前編である。4300円。破格の値段だ。しかも3時間15分ある。前編だけで3時間である。途中に15分の休憩がある。インド映画みたいである。

しかしこれがめちゃめちゃ面白かったのである。4300円、小劇場で演劇を見るくらいの値段だがまったく高くなかった。

僕は歌舞伎を見たことはない。漫画やCMなどのサブカルチャー内での戯画化された歌舞伎、隈取の俳優が「いよぉ〜」と見栄を切る歌舞伎のパロディなら見たことはある。正直それらの歌舞伎パロディを見て「カッコいい」「魅力的だ」と思ったことはなかった。教養高い人物好きなたちが高い金を払って見に行く伝統芸能。美術館に所蔵された江戸時代の骨董品。そういうイメージであった。

しかし本物、超一流の歌舞伎役者が演じる「風の谷のナウシカ」はやっぱりものすごかったのである。それは超一流の噺家の落語がそのへんのバラエティなんか問題じゃないほど客を笑わせることができるのと同じで、歌舞伎は死んだ伝統芸能なんかではまったくなかったのだ。

最初に違和感はある。誰でも知るように歌舞伎は女性の役を女形として男性が演じるわけだが、ナウシカを演じる尾上菊之助は42歳。当たり前だが宮崎駿が描くアニメのプロポーション島本須美の声とは違う。だが、その歌舞伎の文法、「歌舞伎では女性性をこのように表現する」という文脈に目が慣れてくると、尾上菊之助ナウシカは我々のよく知るあの異世界で生き生きと動き始める。

この「ナウシカ歌舞伎」という舞台の最も優れた機能は、僕のような初見の観客に対してこの「歌舞伎の文法」を外国語の授業のように飲み込ませていく点にあると思う。それは「風の谷のナウシカ」という原典が今の日本において国民的な、それこそ知らないもののないコンテンツだからこそ、歌舞伎版の翻訳との差異が歌舞伎の文法を照らし出すわけだ。英語を学ぶ時に名台詞をすべて暗記している人気マンガの英訳版を使ったりするがあれと同じで、これは古典を題材とした普段の公演にはない効果だと思う。CMやマンガのパロディでよく見てきたあの歌舞伎の節回し、見栄を切る仕草、独特の所作、それらすべてが「ああこういう意味があったのか、こういう時に使う表現だったのか」という驚きとともにナウシカの物語を蘇らせる。クシャナとクロトワの蝶々発止の政治劇を七五調、七七のリズムで区切ることで生まれるグルーヴはまるでラップのリリックとフロウのようだ。一流の噺家の落語が退屈と無縁であるように、一流の歌舞伎俳優の歌舞伎はいまだ現役バリバリの舞台芸術だったのである。

 

 

もちろんそれを受け取らないことはできる。外国語や方言を話す転校生を集団でバカにすることが難しくないように「見たけど変だった」「アニメとちがう」とバカにして終わることは可能といえば可能だと思う。だがそれはどんな表現でも同じだ。そもそも表現なんて観客の側が「受け取るまい、バカにしてやろう」と思えば、どんな名歌手や名演であろうと否定することは難しくないのだ。それはマンガだって同じだ。マンガの顔に流れる汗のマークに「心理的動揺」の意味として受け取り、顔に入った縦の線に恐怖や嫌悪の意味を読み取れるのは、僕らが「マンガを読もう」として読み取っているからで、読むまいとすれば音も出ず動きもしないマンガなんて紙の上の無意味なインクの染みにすぎない。だが、読み取ろう、聞き取ろうとして外国語や方言に耳を傾ければ、そこには彼らのグルーヴと意味が広がるように、ナウシカ歌舞伎は数百年前の文法で語られる千年後の物語を僕らに語り聞かせてくれる。ドアを開ける者だけが部屋に入ることができる、それは『CATS』と同じである。

ネタバレになるが、前編でものすごく印象に残ったシーンがある。

酸の海の中州でナウシカ王蟲の幼生が取り残され、ナウシカの服が王蟲の青い血で染まるというあの映画の名シーンがあるが、あの場面を歌舞伎では子役が王蟲の精霊として演じるのだ。おそらく現代の価値観では虐待に近いほど厳しい訓練によって完全に制御された10歳かそこらの少年の動きは、観客の目にそれが明かに人間とはちがう、形而上的、概念的な何者かであることを明かに示してした。皇弟ミラルパの「怪力乱神」ぶり、「傾き(かぶき)」ぶりとならんでこの舞台の白眉だったと思うが、僕は昨年東京芸術劇場で見た野田秀樹の舞台「Q Night of Kabuki」での松たか子広瀬すずのラストシーンを思い出した。松たか子もまた歌舞伎の名家に生まれた女性である。

 

なにしろ限定1週間の上映なので、とりあえず感想を書いた。

4300円は小劇場で演劇を見るくらいの価格ではあるが、長い上演時間も含め十分にその価値があると思う。限定1週間の上演だが、見る価値は十分にある。おすすめの舞台である。来週からは後編だが、後編も見にいくつもりだ。劇場は以下。

https://l-tike.com/cinema/191218_naushika_01.pdf