心配しなくてもコナンやアベンジャーズは死ぬほどロングラン上映するのでこのGWはアニメ映画『バースデー・ワンダーランド』を見に行ってほしい話

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いきなり壮絶な話をして悪いが、観客が5人だった。

公開初日の金曜日から3日目である。ゴールデンウィーク最初の日曜日、翌日の月曜は祝日という19時の上映で、100席超の箱に5人だったのである。マジで。あまりにひどいので劇場を出るときに次の最終回の埋まりをチェックしたら2人だった。

最初に内容の話をしておくと、『バースデー・ワンダーランド』は悪い映画ではない。映像クオリティ的には非常に高く、物語も王道を行く佳作だと思う。脚本に細かい欠点はあるし、ここの演出はちょっと滑ったかな、という所はあるが、家族向けエンタメアニメ映画として悪い出来ではない。というか、近年の宮崎アニメや細田守作品のような「これ、ジブリブランドや細田ブランドが確立してるから興収数十億とか行くけど、作家性出し過ぎで子供のこととか何も考えてねえだろ」という大ヒット作に比べたら、『バースデー・ワンダーランド』の方がよっぽど王道、ファミリー向けエンタメをしている。ストーリー的には『鏡の国のアリス』そのものだし。原恵一監督はクレヨンしんちゃんの『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』といった名作を手掛け、『カラフル』『百日紅』など作家性の強いアニメーションを作ってきた才能ある監督なのだが、おそらく今回は過去の作品より広い範囲のブレイク、それこそ宮崎駿細田守監督がエゴを追及して空位になってしまった「王道のストーリーをハイクオリティな映像で語る」という、メジャー路線を狙った作品なのだと思う。

 

「…えーと、王道路線を狙った手堅い良作アニメを、よりによってこの時期に公開したんですか?」

…うん。

「『コナン』が今年こそ100億行くとアニメファンが騒然とし、アベンジャーズ完結編が歴史を変えたと全世界が熱狂し、カップルや若者は『キングダム』に流れ、しかも家族向けには鉄板無敵の『クレヨンしんちゃん』が公開されているこのゴールデンウィークに、『大衆にはなじみの薄い気鋭の監督による良心的な家族向けメジャー作品』で勝負に出たんですか?」

…そう。

「それは戦後最大の超大型台風が直撃してる時に川の様子を見に行くとか、乃木坂の齋藤飛鳥ちゃんと自撮りツーショットで顔の大きさを比較するとか、そういう類の自殺行為ではないのですか?」

…タイミングってあるよね。なんでよりによってこのタイミングで公開しちゃったんだろうね。

 

 

難しいのは、「『バースデー・ワンダーランド』最高!!コナンやアベンジャーズ見てるやつは何もわかってない!これこそ歴史を変える映画、俺たちだけがそれをわかってる!」という感じで少数のマニアが熱狂的に支持する映画でもないのである。ものすごく一般的な感性に向けた「少々の欠点はあるがなかなかよくできた良作」という感じの、映画に点数をつけるのは好きじゃないんだけど85点くらいかな?という作品を、コナンやアベンジャーズ完結編というスカウターがぶっ壊れるタイプの映画にぶつけてしまったのである。

いっそ辛口いちびりマニアが「とんでもない駄作!ここの脚本がダメ!こことここの演出が滅茶苦茶でおかしい!いかがでしたか?」みたいにデビルマン的にいじり回したくなるような大駄作の方がまだ話題になったのかもしれない。でもそういうタイプのツッコミどころはあんまりないのである。まあケチをつけようと思えばつけられるけど、基本的によくできたエンタメなのだ。打つ手がないのである。

 

まあ、コケるのはしょうがない。アベンジャーズやコナンに負けるなんていうのは配給も想定内だろう。問題はコケ方がハンパではないのである。明らかに映画のクオリティに対して不当なまでにコケている。原恵一という日本のアニメにとって代えがたい優れた才能を持った監督によくない印象が持たれかねないほどの異常なコケ方である。

というわけで見に行ってほしい。原恵一という才能ある監督の今後に投資するつもりで見ていただきたい。「若女将」とか「この世界の片隅に」とか「カメ止め」とかああいう感じで大傑作!と口コミで伸びる映画なのかというとまた違うのだが、よくできたアニメ映画である。メジャーブレイクを狙ったせいか、原恵一監督にしては凡庸…と昔からのファンだからこそ思ってしまうのかもしれないが、人間の動きを美しくリアルに描いた作画も丁寧だし、主人公の女の子も可愛いし、ちょっと年上の女性キャラも魅力的に描かれている。見て損する映画ではぜんぜんない。これうまくすればジブリ細田守的に化けるんじゃね?と配給が推すのもわかる。推す時期を完全に間違えただけである。すごい端的に言ってしまうと、いずれも数十億規模で当たっている「バケモノの子」「未来のミライ」よりは『バースデイ・ワンダーランド』の方が全然普遍的だし、「アリエッティ」や「魔女とメアリの花」あたりにもクオリティ的にはそんなに遜色ないと思う。なのにあまりに客が入っていなさすぎである。

 

追記

この映画、声優に松岡茉優さんや杏さんや市村正親さんを登用しているのだが、彼らの声の演技がいわゆる声優的ではない、宮崎駿がよく好む実写的なボソボソっとした発声なので、観客によっては下手だと感じてしまうかもしれない。でも原恵一監督の過去の発言を読むと、これは明らかに指導として原恵一監督がそうさせていると思う。いわゆる「声優的なメリハリ」を演出として避けるタイプの監督なのである。

松岡茉優さんは原恵一監督の実写映画「はじまりのみち」に出演したことがあり、ある意味では「助っ人にかけつけた」みたいな状態ではないかと思う。あの聡明な松岡茉優さんなら、自分のアルトな声質や複雑で繊細な演技がアニメの小学生女子キャラのロリ声に向かないことは敏感に察知していると思うし、インタビューやコメントからもそういう雰囲気は感じる。それも承知で出演し、めざましテレビやらとくダネやらラジオ周りやらで映画の宣伝を買って出てくれたという感じなのだと思う。「次は当て書きでお願いしますね」と舞台挨拶で言っていたようだが、恩義に篤い人である。