稲垣吾郎と阪本順治。岡村靖幸feat.ZEEBRAみたいな組み合わせであるが、これが思いの外うまく噛み合っている。映画『クソ野郎と美しき世界』では物語に没入する香取慎吾・草彅剛の二人に比べ狂言回し的な位置だった稲垣吾郎だが、今作では繊細かつ不器用、永遠の少年にして生活力がポンコツという未成熟な父親をものすごく吾郎ちゃんっぽく演じていた。「万引き家族」のリリーフランキーのようにあからさまなダメ人間ではなく、一見するとハンサムで素敵な男性なのにどこか未熟でどこかダメ人間、という「地味にダメなのよねうちの人」という奥様がイライラする感じをものすごくよく出せていたと思う。ある意味では不器用なところがある俳優だと思うけど、今作は劇中人物として非常に良かった。
これと対になるのが妻を演じる池脇千鶴の演技力で、やっぱこの人めっちゃ上手いですよね。各年代で一番上手い役者をあつめたという是枝監督の『万引き家族』では安藤サクラや樹木希林、そして松岡茉優に注目が集まったけど、あのクライマックスで安藤サクラの涙の演技を引き出すのって対面にいる池脇千鶴の追い込みなんですよ。あそこで池脇千鶴が演じるのはいかにも悪役然とした権力ではない、どう見ても池脇千鶴の方が正しい、子供にとっても社会にとってもこちらが正しいという圧倒的な正論感が必要になるんだけど、まさに社会的正論の化身のような一部の隙もない正しく賢い女性を演じていた。今作はまったく別で、未熟なアラフォー男子のツケをすべて回される奥さん。
(ここからネタバレありになりますが)
四十路のスタンドバイミーみたいなことをやってる男子三人に対して、池脇千鶴は生活と息子を支えるために同窓会を断念するんですよね。すごい残酷なコントラストで、これを阪本監督の自己批判、ある種の男子至上主義に対する内省と見ることもできるし、内省だけなら猿でもできるんじゃ~!皿くらい洗え!子供の面倒を見ろ!そして心臓病でぽっくり逝くのはやめろ!生きて働け!と怒ることもできると思う。
長谷川博巳の戦場帰りの自衛官が心の傷を負いながら、いじめられっ子の友人の息子に格闘を教える、その一方で自分の心をコントロールできないというある種の「男性論」になっていて、その外部、男子世界のツケを回される女性として池脇千鶴がいる。ここでも「半世界」なんですよね。ラストシーンで子供がボクシング始めるところなんて少し唐突なんだけど、あれはある種、阪本監督の自己言及みたいな所があると思うんですよ。俺はこういう映画しか撮れない…ちーちゃん(池脇千鶴)すまん…というような。とにかくあらゆる生活のツケが池脇千鶴に丸投げされる。日本の借金とは言いますけどこれは実は池脇千鶴さんが支払うことになっているんですね、と池上彰が解説するのではないかと思うほどの丸投げっぷりだ。ちーちゃんには沢山ギャラを払ってあげてほしい。
男性の自己批判でもあり、同時に未熟さ、青春を描くボーイズムービーでもあるのだけど、映画としてはやっぱり良かった。自衛官の戦場エピソードなんてやや硬い話なんだけど、長谷川博巳の上手さと迫力で持って行ってると思う。あと稲垣吾郎の息子を演じた杉田雷麟くんが素晴らしかったです。将来に期待。